「よろこびの歌」(宮下奈都)①

これこそが現代の学園物語

「よろこびの歌」(宮下奈都)
 実業之日本社文庫

玲が指揮した合唱は
コンクールで
さんざんな結果に終わる。
その1ヶ月後に行われた
マラソン大会で、
玲は一番最後に
ゴールに駆け込む。
そのとき聞こえてきたのは
コンクールで歌った歌。
玲はその歌に、
音楽の本質を見いだす…。

少し安直ではないか?
第1話「よろこびの歌」を
読み終えてがっくりきました。
合唱コンクールでは
学級は一つにまとまらず、
音楽とは全く関係のない
マラソン大会での歌声に
主人公が感動するとは…。
短編作品なので描き込みが
足りないのではないか?

そうではありませんでした。
第1話は始まりなのです。
第2話以降を読むと、
その謎が解けます。
担任の浅原から突きつけられた
「リベンジ」、
つまりもう一度その曲を
完成させるまでを描いた
作品だったのです。

さて、「合唱コンクール」というと、
現実の中学校では
いろいろなドラマが
生まれてしまいます。
男子が真面目に歌わない。
それを女子の委員長が
まとめようとするがうまくいかない。
みんなの心がばらばらになる。
やがて大きな衝突が起こる。
そこからお互いに自分自身を見つめ、
学級が一つにまとまる。
今まで何度も
そんな光景を見てきました。
しかし本作品は、
そうした「熱い」物語ではありません。

登場する級友たち
(玲・千夏・先・史香・佳子・ひかり他)は、
すれ違いながらも決して離れすぎず、
誤解しながらも決して衝突せず、
適度な距離感をとりながら
静かに適度に心を通わせていきます。

計6人の語り手の少女たちは、
すべて挫折感を背負って
入学してきているのです。
高名な音楽家の母を持ちながら
音大附属高校の受験に失敗した玲。
家庭の事情で
音楽を学べなかった千夏。
肩を壊して
ソフトボールを断念した早希。
霊視ができることで
疎外感を強めていった史香。
彼氏とのやりとりに
複雑な思いを強めていった佳子。
美人な姉の存在から
劣等感に苛まれていたひかり。

それぞれの抱えていたものが、
お互いの静かな関わりの中で
ゆっくりと融解していく様子に
感動を覚えます。
淡々と進行しながら、
級友たちは自然な形で
一つになろうとするのです。

これこそが現代の
学園物語なのかもしれません。
虚構であるはずなのに、
なぜか現実よりも
現実感がある筋書きに脱帽しました。

(2019.2.26)

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